自虐の詩さて、第1回目は「自虐の詩」である。他にも好きなマンガは沢山ある。長編では「漂流教室」「カムイ伝」「子連れ狼」「あしたのジョー」。短編では「鳥獣草魚」「コキーユ」。 しかし、自虐の詩である。このマンガは4コマのマンガである。4コマはギャグが多い。この作品も当初はギャグであった。しかし、この作品を読んだ自分は最後に泣いた。泣ける4コマは珍しいのではないだろうか。 それに他の作品は、おそらく色々とりあげられる機会も多いだろう。そう考えて、この作品を1回目に選んだ。 これはもう10数年前に週刊宝石で連載されていた。ポストや現代と、アサヒ芸能や週刊大衆の間に位置するような雑誌である。多くの読者にはあまり目に触れてないのではないだろうか。 場末に生きる男女がいる。男(葉山イサオ)は一匹狼の遊び人、喧嘩もすればばくちもやる、女も作る。女(森田幸江)は、不幸な生い立ちを背負って生きてきて、やっと見つけたのがこの男。男がしたいほうだいをして、女の前で、「でぇ~!」っと食卓をひっくり返す。毎回そういうストーリーなのだ。 やりきれない、悲惨である。あまり真面目に読まず、パラパラとページをめくっていた。(このあたり、「ダメ親父」と言う作品と感じが似ている。よく考えればダメ親父もこの作品と同じように後半で展開が180度変わったよなあ) ところが、ある時期から作品の雰囲気が変わってくる(3巻の終わり頃から)。幸江さんの不幸な少女時代が語られてる。 お母さんに捨てられ、母の顔を知らず、遊び人の父を内職をして食べさせながら学校へ行く。辛い貧乏生活。同じような境遇の熊本さんとの友情。しかしとうとう犯罪を犯した父を捨て、東京へ出ていく。しかし、そこでもシャブに浸り、立ちんぼになって身を落としていた。そこで出会った男が、やっぱり遊び人のイサオ(東京へ出てきてからの話は殆ど省略されているが)。 終盤、幸江さんが妊娠したあたりから、更に物語りは真摯な内容になっていく。1回の連載は4コマを4本だが、それをフルに使って物語は展開していく。圧巻は、臨月になった幸江が、コタツでうとうとして夢を見ている、その内容を書いた「怖い夢を見た」である。 幸江はお母さんの首を絞める。「なんで私を捨てたのよ!」と叫びながら母を引きずって川の中に顔をつける。その母の絵には顔がない。彼女は母の顔を知らないのである。苦しみにゆがむ母親。ふと見ると、母親の腹も臨月である。その母の股が割れ、そこから出てくるのは赤ん坊の幸江。 幸江ははっと目を覚ます。その瞬間彼女は生まれた時の記憶をとりもどしたのだ。次の1本では、母親には優しい顔が描かれている。幸江の名前を呼びながらオッパイを吸わせている。幸江はその記憶を取り戻した。彼女はそれによって母親を許した。そして自分も母親になることが判ったのである。この場面には「この町に住む全ての人がお母ちゃんから生まれた」というモノローグが付く。 ここから後の数回の連載分は殆どモノローグで描かれる。 次の号の作品は全部モノローグで書かれる、母への手紙である。 幸江の手紙を全文引用しよう。 前略 おかあちゃん。 この世には幸も不幸もないのかも知れません。 何かを得ると、必ず何か失う物がある。 何かを捨てると、必ず何か得るものがある。 たったひとつのかけがいのないもの、 大切な物を失った時はどうでしょう? 私たちは泣き叫んだり立ちすくんだり・・ でもそれが幸や不幸ではかれるものでしょうか? かけがいのない物を失うことは、 かけがいのない物を真に、そして永遠に手に入れること! 私は幼い頃、あなたの愛を失いました。 私は死にものぐるいで求めました、求め続けました。 私は愛されたかった。 でもそれがこんなところで、 自分の心の中で見つけるなんて。 ずっと握りしめていた手のひらを開くとそこにあった。 そんな感じで。 おかあちゃん、これからは何が起きても怖くありません。 勇気がわいています。 この人生を二度と幸や不幸ではかりません。 なんと言うことでしょう。 人生には意味があるだけです。 ただ人生の厳粛な意味を噛みしめていけばいい。 勇気がわいてきます。 おかあちゃん、いつか会いたい。 そしておかあちゃん、 いつもあなたをお慕い申しております。 追伸、私にももうすぐ赤ちゃんが生まれます。 そうやって住所の無い手紙をポストに入れるのだ。 最終話、故郷での唯一の友達、熊本さんから再会の電話がかかってくる。 彼女も結婚して幸福になっていた。 幸江は臨月のお腹を抱えて、東京駅まで会いに行く。 故郷を逃げるように出ていった時、川の橋の下に住んでいた熊本さんが餞別にくれ、しかし使う事が出来ずとっておいた100円札という大金を持って。大きなお腹を抱え階段を上り、二人が再会した場面で物語は終わる。 最後のモノローグはこうである。 幸や不幸はもういい。 どちらにも等しく価値がある。 人生には明らかに意味がある。 ストレートである。小細工がない。 このページを読んだ人は古本屋でこの作品を探して欲しい。 全5巻は見つかる可能性は低いだろう。 4巻と5巻だけでも見つけて欲しい。 貴方はきっと泣くだろう。 ジャンル別一覧
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